どうも、サイドFIRE生活2年目の主夫です。
今日は「サイドFIREして自由な時間が増えたなら、さぞかし家事も優雅にこなしているんだろう」と思われがちな、その「裏側」について正直に話してみたいと思います。
自由な時間があるからこそ、より良くしようと没頭してしまい、気づけばその深みから抜け出せなくなる「沼」。今の僕には、特に手強い2つの沼があります。
Q1. 「自由な時間が増えたことで、逆に『これは予想外に手間がかかるぞ…』と直面した、家事や日常の中の意外な『沼』はありますか?」
結論から言えば、それは「買い物」と「整理整頓の仕組み作り」です。
沼①:買い物の「最適化」と「イレギュラー」の板挟み
僕は自分の食事については、栄養バランスの良いものを毎日固定で食べる「ルーチン化」が得意です。コストも手間も最小限。これで全く苦もありません。
しかし、そこに「子どもたち」という予測不能な変数が加わった瞬間、買い物は「最適化」から「難問」へと変わります。
スーパーでの買い物は、体に良くて安いものをルーチンで買う。これが僕の定石です。でも、子どもたちは5分前になって「今日はこれが食べたい!」と言い出します。それに合わせようと、普段買わない食材を調べて料理に凝ってみたり、給食の献立から好みを推測してみたり。
手間と時間をかけて準備した結果、期待したほど食べてくれなかったり、下の子がぐずって残したりした時の「骨折り損のくたびれ儲け」感……。これは本当に歯がゆい。「効率」を追求する自分と、「子どもの満足」を追求する自分が、スーパーの棚の前で常に戦っているんです。
沼②:仕組み作りという名の「チェックコスト」
もう一つは、子どもたちが自分で動けるための「整理整頓の仕組み作り」です。
ランドセルの置き場所、水筒の洗い物を出す場所、服の用意……。子どもたちが帰宅してから迷わず動けるよう、動線を考えた仕組みを作っています。
これは大成功した部分もあって、ロボット掃除機がスムーズに稼働できる環境を作れた時は、自分の手腕に少しだけガッツポーズをしたくなります。
ただ、現実には「やってみて終わり」ではありません。
言った通りに定着するまで時間がかかる。
毎日「ここに戻して」と声かけをし続けるのはエネルギーを使う。
ルールを覚える前に、僕自身が「早くして!」と疲れてしまうこともある。
「仕組みを作って楽になるはずが、それを守らせるための『チェックコスト』が増えているのではないか?」
このパラドックスに気づいた時、ふと冷静になります。「楽にするための作業」が、いつの間にか「自分を追い詰める作業」にすり替わっているんですよね。
結論:沼の中にこそ、ささやかな成長がある
一概に「楽になった」とは言えないし、むしろ手間が増えたと感じる日もたくさんあります。
でも、不思議なことに、少しずつですが生活は確実に改善されています。
床に物が転がらなくなった。
小さな決まりごとを、子どもたちが一つずつ学校生活に持ち帰って守り始めている。
「買い物で全敗しても、明日はまた違うアプローチを試せばいいか」「掃除の定着も、昨日より1ミリ進めばよしとしよう」。
自由な時間があるおかげで、そんなふうに「完璧を目指さず、少しずつ浸透させていく」という長期的なスタンスが取れるようになりました。
沼は深くて手強いけれど、底なしではないはず。
今日も僕は、明日の食卓と整理整頓の仕組みを考えながら、泥沼の中で少しだけ進んだ生活の改善を楽しもうと思います。


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