【育児は「孤独」との戦いだった】妻に任せきりだった僕が、主夫になって痛感した「共有」という名の救い

FIRE

どうも!サイドFIRE生活2年目、日々の子育てで「心と体の修行」を積んでいる主夫です。

最近、子供の宿題を見ていて「あー、もう!」と頭を抱えたり、昨日まで食べていたものを急に「これ嫌い!」と言われて途方に暮れたり……。そんな些細だけど積み重なると地味にキツい「子育てあるある」に、毎日全力で向き合っています。

正直に言います。会社員時代、子育てを妻に任せきりにしていた自分を、今は猛烈に反省しています。「自分なりに協力していたつもり」でしたが、それはあくまで「手伝い」の域を出ていなかった。自分ごととして悩み、頭をひねり、ストレスを抱えるという経験が圧倒的に足りていなかったんです。

育児が「孤独な聖域」になっていないか?
最近、子供とのやり取りで生じるストレスを妻に共有し、「どうすればいいかな?」と意見を求める機会が格段に増えました。

妻も僕の相談に対して、一緒に頭をひねってくれます。結局、問題が即座に解決する魔法なんてありません。でも、「悩みを分かち合える相手がいる」「同じ重さを感じてくれるパートナーがいる」というだけで、どれだけ気持ちが救われるか。

その時ふと、世の中の「ワンオペ育児」を強いられている方々のことを考えて、胸がギュッとなりました。

専業主婦で育児を丸投げされている家庭、シングルで誰にも頼れない環境で戦っている方々。もし、そんな状況で「自分だけが子供の反応に悩み、誰にもそのストレスを吐き出せない」としたら……。それって、どれほどの孤独なんだろうと想像するだけで恐ろしくなります。

ママ友というコミュニティがあっても、本当に実感を伴った共感や、深刻な話を親身に聞いてくれる相手がいるとは限りません。「家の中に大人はいるのに、実質的な育児の負担と孤独は一人に集中している」という家庭は、実はかなり多いのではないでしょうか。

「手伝う」から「共犯者」へ
サイドFIREをして時間ができた今、僕は「手伝う側」から、子育ての「共犯者」になりました。

子供が小学校に行けなくなったとき、ご飯を食べなくなったとき。そのたびに夫婦で悩み、微調整を繰り返す。
この「一緒に悩むプロセス」こそが、夫婦の絆を深め、かつ僕たち夫婦を救っているのだと確信しています。

今の僕があるのは、間違いなく妻との「対話」があるからです。
逆に言えば、この対話がない状態で育児を背負わせることは、相手の心を削る行為に他ならない。そう改めて突きつけられた気分です。

結論:育児に必要なのは「完璧な解決策」ではなく「語り合える相手」
子育てに正解なんてないし、今日もきっと子供は予想外の反応をするでしょう。でも、もしこれを読んでいる方の中に、育児で孤独を感じている方がいたら、どうか少しでもいいからパートナーや誰かに「今のストレス」を話してみてください。

解決しなくていい。ただ「今の子供の反応に困っているんだよね」と聞いてもらうだけでいい。

僕自身、まだまだ未熟な主夫ですが、これからも妻を「孤独な育児」に追い込まないよう、全力で悩みを分かち合う「育児の共犯者」であり続けたいと思います。

今日、子供とどんな会話をしたか。そんな些細なことからでいいので、パートナーと共有してみませんか? それが、実は一番の家族のメンテナンスなのかもしれません。

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