どうも、30代の家事担当パパです。
この春、わが家にとって大きな節目を迎えました。下の娘が保育園を卒業し、いよいよ小学校に入学します。
いわゆる「保活」から始まった、長かった送迎の日々もついに一段落。3月31日、保育園の最終日。僕は妻に、内緒で花束を準備しました。
今日は、なぜ僕がガラにもなく花を贈ろうと思ったのか、その理由を少しだけお話しさせてください。
1. 「サラリーマンパパ」時代には見えていなかったもの
数年前まで、僕はごく普通のサラリーマンでした。当時は夫婦共働きで、必死に毎日を回していたつもりでした。でも今振り返ると、特に上の子が0歳〜3歳くらいの頃、育児の重荷の大部分を妻に背負わせていたのは間違いなく僕でした。
子供の突然の熱。
職場に頭を下げて早退し、看病で削られた時間を深夜の仕事で挽回する。
そんな自分に鞭を打つような生活を、妻はずっと続けてくれていました。当時の僕は、その大変さを「想像」はできても「実感」はできていなかった。余裕のなかった僕は、ねぎらいの言葉すら十分にかけられていなかった気がします。
2. 主夫になって分かった「削られる」感覚
サイドFIREをして家事中心の生活に切り替わり、立場が逆転してからの2年間。僕には多くの「発見」がありました。
子供が体調を崩した時、自分が主体となって仕事を調整し、不機嫌な子供のケアに一日中付き添う。やりたかった自分の作業は止まり、予定は真っ白になる。
この「自分の時間が、自分の意志とは関係なく削られていく歯がゆさ」。
これを身をもって体験した時、過去の妻の姿が重なりました。「あの時、彼女はこんな思いをしてまで、家族を支えてくれていたのか」と。
保育園生活の終わりは、妻がそんな「極限状態」を駆け抜けた歴史の節目でもあったのです。
3. 言葉にしないと、伝わらないから
3月31日の夜。夕食のあと、僕は買ってきたケーキと花束を差し出しました。
家族みんなへの「お疲れ様」のケーキと、妻への「ありがとう」の花です。
「今まで本当に大変だったよね。頑張ってくれてありがとう」
そう伝えた時、妻の目が少し潤んだように見えました。きっと、本人にしか分からない苦労や、思い出が駆け巡ったのだと思います。
心の中で感謝していても、やっぱり形にしたり、口に出したりしなければ、相手には1ミリも伝わりません。不器用なりに表現して、本当によかったと思えた瞬間でした。
4. 子供たちの「健やかさ」という、最高のギフト
もちろん、頑張ったのは大人だけではありません。
保育園という社会の中で、毎日楽しく、健やかに過ごしてくれた子供たち。彼らが見せてくれる笑顔こそが、僕たち親が頑張れた一番の理由です。
「1年間、いや、保育園生活ずっと頑張ったね!」と、みんなでケーキを囲む時間は、最高に幸せな締めくくりになりました。
最後に
小学校に上がれば、また新しい大変さが始まるでしょう。
でも、こうして節目節目で「お互いの頑張り」を認め合える家族でありたい。
普段は節約志向の僕ですが、こういう「感謝の投資」には、これからも惜しみなくフルスイングしていこうと思います。
さて、ランドセルを背負った子供たちの背中を見送りながら、僕も主夫3年目、気合を入れ直すとします。


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