【私とこの世】「どうせ続かない」と言われて火がついた、僕の「手作り弁当」奮闘記。

FIRE

どうも!サイドFIREして主夫になり、毎朝、家族の「胃袋」と「信頼」を同時に掴もうと格闘しているパパです。

世の中は「効率」や「タイパ」の全盛期。お弁当だって、冷凍食品を詰めれば数分で終わる便利な時代です。でも、僕はあえてその「便利さ」を手放し、不便な「手作り」を選びました。

そこには、単なる家事の役割分担を超えた、僕なりの「世界との向き合い方」と、ちょっぴり恥ずかしい「男の意地」が隠されています。

1. 冷食まみれの「味気なさ」への違和感
もともとは、娘にたまにお弁当が必要な時、ご飯以外はほとんど冷凍食品……なんてこともありました。でも、自分が主夫として本格的にお弁当作りを担うようになった時、ふと思ったんです。

「これじゃ味気ないし、なんだか寂しいな」

それに、主夫の目線でシビアに家計を見ると、実は冷凍食品って割高なんですよね。それなら、自分で作ったほうが美味しいし、コストも抑えられる。そんな「実利」から始まった手作り弁当でしたが、やってみると予想以上の「ギフト」が待っていました。

子どもは正直です。「これは嫌」「こういうのがいい!」とストレートに投げてくる。そのキャッチボールを繰り返すうちに、お弁当だけでなく、晩ごはんの献立や普段の食卓でも、家族の好みが手に取るようにわかるようになりました。お弁当箱が、家族との対話の「橋渡し」になってくれたんです。

2. 妻の「予言」にムッとしたあの日
ここで、少しだけ裏話をさせてください。
サイドFIREして1年が過ぎた頃、妻にふと聞いてみたんです。「僕の朝ごはんやお弁当作り、どう思ってる?」と。

すると、返ってきたのは意外すぎる言葉でした。
「正直、どうせ長くは続かないだろうな、って思ってたよ」

……絶句しました(笑)。
でも、それもそのはず。会社員時代の僕は、朝から自分のプロテインを作るだけで精一杯。朝食を抜くこともザラで、家族にご飯を出すなんて、休日に気が向いた時くらいのものでした。妻からすれば、「期待するだけ損」というレベルだったのでしょう。

正直、その言葉を聞いた時はムッとしました。でも、その瞬間に僕の中の「反骨精神」に火がついたんです。
「だったら、意地でも続けてやるよ!」

3. 「意地」が「楽しみ」に変わる瞬間
最初は、その「見返してやりたい」という一心で台所に立っていました。朝のバタバタ、面倒な下ごしらえ……正直、大変な時もありました。

でも、続けていくうちに不思議なことが起きました。
「どうだ、できるだろ!」という反骨精神で始めたはずの作業が、いつの間にか、空っぽのお弁当箱と「美味しかった」の声を聞くための「楽しみ」に変わっていったんです。

効率を捨てて手間をかける。不便さを選んで愛情を込める。
それは、かつて「自分のためだけ」に時間を使っていた僕が、初めて手に入れた「誰かのために生きる実感」でした。奥様の期待を裏切る(良い意味で!)という小さな勝利が、僕を本物の「主夫」に育ててくれたのかもしれません。

4. 繋がりは、不便な手間の中に宿る
今、僕がお弁当箱に詰めているのは、単なるおかずではありません。
「今日も頑張ってね」という無言のメッセージであり、家族の好みを把握した「対話の証」であり、そして何より、僕自身の「変化」そのものです。

もし僕が効率だけを求めて、すべてを冷凍食品で済ませていたら、こんなに深い家族の好みを知ることも、妻を見返す(笑)楽しさを知ることもなかったでしょう。

不便であること。手間がかかること。
それは、家族という一番小さな社会の中で、自分が「かけがえのない存在」であることを確認するための、大切なプロセスなんだと、今なら断言できます。

結びに:次はあなたの「反骨精神」を聞かせてください
「どうせ無理」と言われたことが、今のあなたの原動力になっていることはありませんか?
効率やタイパも大事ですが、たまには誰かの予想を裏切るために、あえて「手間のかかること」に挑戦してみる。そんな不器用な生き方も、案外悪くないものです。

今朝も僕は、妻が驚くくらい彩り豊かなお弁当を仕上げました。
次はどんな「美味しい」が返ってくるか。そんな小さなキャッチボールが、今の僕の、何よりの幸せです。

皆さんも、もし「面倒だな」と思いつつ続けている習慣があるなら、その裏にある「自分だけの物語」を大切にしてみてくださいね。

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