どうも、サイドFIRE生活2年目の主夫です。
今日は、ブログの質問箱から、あえて一番掘り起こしたくない……でも、今の自分にとって避けては通れない「違和感」について書いてみようと思います。
Q5. 「周囲の価値観と、サイドFIREを選んだ自分の価値観との間で、いまだに解消できない『小さなズレ』や『葛藤』はありますか?」
結論から言うと、あります。めちゃくちゃあります。
今の同世代の男性たちは、まさに社会のど真ん中で「一番必要とされている」時期ですよね。バリバリ働いて、組織から大きな目標を与えられ、それを必死に達成していく。その姿を横目で見ながら、「自分は今、社会の大半の人と同じ道を歩んでいない」という事実に、ふと劣等感のようなものを感じることがあるんです。
1. 「パパ、お仕事なにしてるの?」という問いへの恐怖
一番の葛藤は、子どもたちが大きくなった時のこと。
「お父さんって、どんな仕事をしているの?」と聞かれた時、今はまだ自信を持って「これをしているんだ!」と言える看板がない。これが、正直なところ結構苦しいんです。
家族とは納得して今の生活を選んでいるので、家庭内は平和そのものです。でも、一歩外に出た時、「他所の家庭と比べて、自分は何者なんだろう?」という自問自答を、ふとした瞬間に繰り返しています。
2. 「目標を授かる」という、失われた安らぎ
会社員時代は、「今月はこれをやれ、四半期はこう動け」と、誰かが道筋を立ててくれました。
でも今は、その「目標」を自分でゼロから作らなければいけません。
何をやってもいい。どこへ行ってもいい。
そんな自由な場所に急に投げ出されて、最初の頃は正直、困惑の連続でした。「これ、本当に合ってるのかな?」という正解のない迷路を、未だに歩いているような感覚です。
3. 先駆者として「あがく姿」を残すこと
ふと考えました。
「これって、未来のスタンダードの先取りなんじゃないか?」と。
60代で定年退職を迎えて「目標」を失いポカンとする人、あるいはベーシックインカムが導入されて「働かなくてもいい」という世界が来た時に戸惑う人。これから多くの人が、僕と同じ「目標がない世界」に直面します。
そう気づいた時、ある意味で僕は、「目標を失ったあとに、どうやって人生を面白くしていくか」という壮大な人体実験の先駆者になれるんじゃないかと思ったんです。
まだ、20年先までこれで食っていく!という確信はありません。でも、今こうして迷い、あがき、何かを試そうと足掻いている記録そのものが、誰かにとっての「財産」になるかもしれない。
結論:答えが出なくても、足跡は残せる
最終的には「お金を稼げる趣味」みたいな、自分にとっての天職が見つかれば最高です。でも、もしそうならなくても、それはそれでいい。
「こうやって悩みながら、何者かになろうと模索する人間がいたな」という足跡を残すこと。
それが、今の僕にできる、一番の社会貢献であり、自分自身への誠実さなのかな、と思っています。
まだまだ格好悪い道中ですが、この「模索する生き様」をこれからも発信し続けます。誰か一人にでも、「あ、自分もこんな感じで迷っていいんだ」と刺さってくれたら……、パパはそれだけで最高に嬉しいです!

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