18歳で大金を手にする「リスク」と、親が本当に渡すべき「武器」の話

FIRE

子供の将来を考え、ジュニアNISAや新NISA(子供名義)でコツコツと資産形成をしている親御さんは多いと思います。我が家もその一人です。18歳、20歳になったとき、彼らが自分の進路や夢のために使えるお金を準備しておく。それは親としての大きな責任であり、愛情の形だと思っていました。

しかし、最近ふと立ち止まって考えてしまうのです。 **「もし18歳の頃の自分に、いきなり数百万円という大金が手渡されていたら、一体どうなっていただろうか?」**と。

結論から言いましょう。 当時の私なら、間違いなく、それはもう見事なまでに「一瞬で溶かして」いた自信があります。

20歳の自分に「大金」は猛毒だった
当時の私を振り返ると、もう、ため息しか出ません。 学生の身分でありながら、何を勘違いしたのか「生意気に車が欲しい」なんて夢見ていました。もしあの時、口座にまとまったお金が入っていたら、私はその翌日には中古車屋のハンコを押し、数ヶ月後には維持費とガソリン代で首が回らなくなっていたことでしょう。

使い道といえば、友達と「ウェーイ!」と言いながらあちこち遊びに行ったり、中身もないのに見栄を張るためのファッションに注ぎ込んだり……。とにかく「消費すること」「目の前の快楽に交換すること」しか頭になかったのです。

もしタイムマシンで当時の私に会いに行けるなら、肩を掴んで「おい、落ち着け。それはお前の実力じゃないぞ」と小一時間説得したい。でも、当時の私はきっと「大丈夫、これは俺のお金だから!」と聞く耳を持たなかったはずです。

それくらい、20歳前後の若者にとって、自分の実力以上のお金というのは「自由」ではなく、判断力を狂わせる「猛毒」になりかねません。大多数の学生がそうであるように、私もまた、お金を増やす仕組みも、守る術も、価値を生む苦労も知らない「消費のプロ(自称)」でしかなかったのです。

だからこそ、思うのです。 自分の子供には、私の立っていた場所よりも、せめてあと一歩、二歩は先の景色を見てほしい。

ただ「器(お金)」を用意して「はい、どうぞ」と渡すのは、地図を持たずに砂漠へ放り出すようなもの。これから子供が成人するまでの10年余りをかけて、私は「お金の中身(リテラシー)」を育てる教育をしていこうと決めました。

投資は「リスクを取って社会に貢献する挑戦」である
まず伝えたいのは、投資の本質です。 投資口座の数字が増えていくのを見ていると、どうしても「寝かせておけば勝手にお金が湧いてくる魔法」のように見えてしまいます。でも、それは本質ではありません。

投資とは、**「リスクを取って社会に貢献する挑戦への応援」**です。

そのお金の先には、世界を便利にしようと必死に研究している科学者や、美味しいものを届けようと奮闘しているパティシエがいます。その「挑戦」を自分の資産を投じて支えるからこそ、対価として利益が戻ってくる。

「お金は空から降ってくるものではなく、誰かの努力と自分の勇気が掛け合わさって生まれるもの」。 この責任と誇りを教えることで、かつての私のように「入ってきたお金で車を買おう!」といった短絡的な思考にブレーキをかけたいと考えています。

お金に頼らない「野生の強さ」を育てる
もう一つ、私が大切にしたいのは「お金がないなりに工夫する力」です。 例えば、将来お菓子を作る仕事がしたいと言っている上の子に対して、最初から最新のオーブンや高級な材料を買い与えることはしません。

「専用の型がなければ、牛乳パックやアルミホイルで何とかできないか?」 「限られた材料で、どうすればプロの味に近づけるか?」

そうやって知恵を絞るプロセスこそが、人を強くします。 私が子供に持ってほしい「ハングリー精神」とは、単に飢えることではありません。**「足りない状況を、自分の頭と体で突破する面白さを知っていること」**です。

お金があれば、多くの問題は解決できます。でも、お金に頼りすぎると、人は工夫することを忘れてしまいます。 「お金がなくても、自分には知恵と工夫があるから生きていける」 という自信(人的資本)がある人間こそが、実はお金を一番うまく、かつ大胆に使いこなせるようになるはずです。

親から子へ、本当に手渡したいもの
18歳や20歳という多感な時期。周囲の誘惑も、物欲も、今の私には手に取るように分かります(なんせ私の通ってきた道ですから)。

それでも、子供が「このお金は、ただ消費するための小遣いじゃなくて、自分が磨いてきた知恵と工夫を、さらに大きな世界で形にするためのブースター(加速装置)なんだ」と理解してくれたなら、親としての資産形成は本当の意味で「成功」だと言えるのではないでしょうか。

お金は、人生の「守り」にはなります。でも、人生を切り拓く「剣」にはなりません。 「剣」は、日々の生活の中で泥臭く、自分自身の力で磨き上げるしかないのです。

これから10年。 まずは私自身が、かつての「車が欲しい!」と叫んでいた自分を卒業し、お金とどう向き合い、どう社会に貢献しようとしているのか。その背中を見せ続けることから始めてみようと思います。

「お金に振り回されるのではなく、お金を道具として使いこなし、社会を良くしていく」 そんなたくましい大人への成長を、一歩後ろから支えていく。それが、親である私がこれから取り組むべき、本当の意味での「積み立て」なのかもしれません。

(あとがき) 皆さんは、自分の20歳の頃を振り返って「あの時大金があったら」とゾッとしたことはありませんか?(笑) お金の準備以上に大切な「教育」について、ぜひ皆さんの考えも教えてください。

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