サイドFIREしてから、いちばん時間が変わったのは「自由な時間が増えたこと」なんだけど、
実はその自由、最初はぜんぜんうまく使えていなかった。
というより、
**「今日は特に何もしなかったな…」**
という日に、妙な罪悪感が残っていた。
会社員のころは、
・平日は働く
・休日はどこかに行く or 何かする
みたいなリズムが体に染みついていて、
「何もしない」はイコール「ムダ」みたいな感覚が残っていたんだと思う。
—
## 何もしていないのに、なぜか疲れる日
サイドFIRE後、平日が丸ごと空いている日が増えた。
家事も最低限、用事も特にない。
朝起きて、コーヒーを飲んで、
少し散歩して、本を読んで、昼ごはんを食べて。
それだけなのに、夕方になると
「今日、自分は何を生み出したんだろう…?」
みたいな考えが頭をよぎる。
体はラクなのに、心が落ち着かない。
これが意外としんどかった。
—
## 「休む理由」を探している自分に気づいた
ある日ふと、
「自分、休むための理由を探してないか?」
と思った。
・昨日運動したから
・先週忙しかったから
・体調管理のためだから
何かしら**正当化**しないと、
何もしない自分を許せていなかった。
でも冷静に考えると、
サイドFIREを選んだ理由のひとつは
「こういう日を持つため」だったはず。
—
## 何もしない日=回復の日、という考え方
転機になったのは、
「何もしない日も、ちゃんと役割がある」
と考えるようになったこと。
・頭の中が整理される
・感情の波が落ち着く
・次に動く余白ができる
目に見える成果はゼロだけど、
**内側では確実に整っている感じ**があった。
これは会社員時代には、ほとんど味わえなかった感覚。
—
## サイドFIRE2年目で、ようやく腑に落ちたこと
最近は、
「今日は何もしない日だな」と思えたら、
それをそのまま受け取れるようになってきた。
無理に動かない。
無理に意味をつけない。
ただ、今の状態をそのままOKにする。
すると不思議と、
次の日に自然と動きたくなる。
たぶんこれは、
**時間に追われない生活を、体が信じ始めた**
ということなんだと思う。
—
## 何もしない日を肯定できるようになるまで、1年以上かかった
サイドFIREしたらすぐに、
心も自由になると思っていたけど、そんなに簡単じゃなかった。
会社員時代の思考グセは、
思った以上にしつこく残っていた。
でも今は、
「今日は何もしなかった。でも悪くない」
と思える日が増えてきた。
これだけでも、
サイドFIREしてよかった理由としては十分かもしれない。
焦らなくていい。
急がなくていい。
そんな感覚を、
これからも大事にしていきたいと思う。


コメント