正月休み。
家でゴロゴロしていると、子どもから「縄跳び見てて!」と声をかけられた。
冬休みの宿題で、縄跳びの技をいくつかクリアする課題が出ているらしい。
前とび、交差とび、あやとび……聞くだけで少し懐かしい気持ちになる。
最初は完全に“見る側”のつもりだった。
でも、なんとなく「ちょっとやってみようかな」という気分になった。
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## 実は、縄跳びが大の苦手だった
学生時代、運動はわりと得意なほうだった。
球技も走るのも嫌いじゃない。
でも、縄跳びだけは別。
あやとびはほぼできない。
二重とびは奇跡的に5回が限界。
正直、黒歴史に近い存在だった。
「できない自分」を何度も突きつけられた競技、という感覚が残っている。
だから大人になってから、縄跳びをやる理由なんてなかった。
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## なぜか湧いてきた謎の反骨心
それでも、子どもが一生懸命跳んでいる姿を見ていたら、
なぜかスイッチが入った。
「いや、さすがに子どもには負けられないだろ」
完全に意味不明な反骨心。
勝ち負けでもないのに、変な火がついた。
久しぶりに縄を持って、跳んでみる。
……思った以上に跳べない。
体は重いし、リズムもズレる。
数回で息が上がる。
それでもやめずに、少しずつ続けてみた。
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## 少しずつ、できるようになる感覚
何回かやっているうちに、
交差とびが少し安定してきた。
10回。
15回。
気づいたら20回くらい跳べている。
「え、できてる?」
子どもより驚いたのは、自分だった。
学生時代の自分からしたら、とんでもない進歩。
あれだけ苦手だった縄跳びが、ちゃんと形になっている。
しかも、不思議と楽しい。
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## 30代後半での新しい発見
縄跳びが楽しい。
この感覚は、正直かなり衝撃だった。
「嫌いだったもの=一生無理」
どこかで、そう決めつけていたのかもしれない。
でも、時間が経って、立場が変わって、
“上手くやろう”ではなく
“ちょっとやってみよう”くらいの気持ちで向き合うと、
見え方がまるで違った。
苦手なものは、苦手なままでもいい。
でも、避け続けなくてもいい。
そんなことを、縄跳びから教えられた気がした。
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## 苦手に立ち向かうと、達成感が残る
できなかったことが、少しできるようになる。
完璧じゃなくても、前よりマシになる。
この小さな達成感は、想像以上に気持ちがいい。
仕事でも、お金の使い方でも、人間関係でも、
「なんとなく避けてきたこと」って意外と多い。
でも、いきなり克服しなくていい。
ほんの一歩でいい。
縄跳びは、それを体感させてくれた。
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## 人生の伏線回収は、意外なところにある
まさかこの年齢で、
縄跳びが人生のヒントになるとは思わなかった。
子どもの宿題に付き合っただけなのに、
自分の中で、ひとつ伏線が回収された感じがする。
「苦手=終わり」じゃない。
「今はまだ」なだけかもしれない。
そう思えるようになっただけで、
これからの楽しみが少し増えた。
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## これからも、苦手ごと楽しんでいきたい
得意なことだけで生きるのは楽だけど、
苦手なことの中には、意外な発見や喜びが隠れている。
30代後半。
まだまだ新しい体験は転がっている。
次にどんな“苦手”が待っているのか、
少しだけ楽しみになった正月休みだった。


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