どうも!サイドFIREして主夫になり、ようやく自分の人生の「ハンドル」をしっかりと握れている実感が湧いてきたパパです。
先日、自分自身にこんな質問を投げかけてみました。
「もし、20代のがむしゃらに働いていた頃の自分に手紙を書くとしたら、なんて声をかける?」
今日は、過去の自分を振り返って見えてきた、僕なりの「挫折の賞味期限」と、二度と繰り返さないと決めた「理不尽」への向き合い方について、少し砕けた感じでお話しします。
1. どん底だった20代。でも、一秒も否定したくない
僕の20代を振り返ると、お世辞にも「スマート」とは言えない時期でした。
仕事がうまくいかなくて挫折したり、大きな失敗をして立ち止まったり……。正直、目の前の困難に立ち向かうだけで精一杯な、泥臭い毎日だったように思います。
でもね。今の僕から当時の僕に言いたいのは、**「何一つ、お前のやってることを否定したくない」**ということなんです。
あの時、できないなりに、苦しいなりに、逃げずに頑張り続けていた時間。それがあったからこそ、その後の会社生活である程度の評価を得るまで成長できたし、今の「サイドFIRE」という選択肢を選べるだけの土台も作れた。
あの「できなかった時期」も含めて、今の僕の自信は完成されているんです。だから、当時の僕には「そのまま進め、それで合ってるぞ」とだけ伝えたいですね。
2. もしも、今のメンタルで当時に戻れるなら
ただ一つだけ、もし今の「自分軸」を持ったまま20代に戻れるとしたら、変えたいことがあります。
それは、理不尽な要求や言葉に対して、「それはおかしい」とはっきり否定する勇気を持つことです。
当時の僕は、まだ自分の守り方を知りませんでした。理不尽に怒鳴られたり、汚い言葉をぶつけられたりしても、どこかで「自分が仕事ができないから仕方ないんだ」と飲み込んでしまっていた。
でも、今の僕は知っています。
仕事の能力不足を反省することは大切だけど、人間としての尊厳を傷つけられるような暴言や態度は、決して受け入れる必要なんてなかったんだ、ということを。
「そんな言い方はやめてください」
「その要求は理不尽です」
もし戻れるなら、当時の僕の隣に立って、一緒にそう声を上げたい。それはわがままではなく、自分を守るための正当な権利ですから。
3. 「理不尽な経験」は、美化しなくていい
世の中には、「あの時の厳しいシゴキがあったから、今の俺があるんだ」と、過去の否定的な経験を美化して語る人がいます。
でも、僕はそうは思いません。
理不尽に怒鳴られたり、誰かに人格を否定されたりする経験なんて、本当は「なくてもいいもの」なんです。そこから学べることなんて、せいぜい「自分は絶対にこんな人間にならない」という、反面教師としての教訓くらいしかありませんから。
僕は、自分が受けた嫌な言葉や行動を、自分の子どもたちや、周りの大切な人には絶対に味合わせたくない。その強い感情が、今の僕の「優しさの芯」になっています。
反省すべきは反省する。でも、自分を削るような理不尽には、毅然とNOと言う。
サイドFIREして自由な立場になった今だからこそ、その境界線がより鮮明に見えるようになりました。
4. 挫折は、最高の「伏線」だった
結局のところ、20代の長かった「できなかった時期」こそが、今の僕を支える最大の資産なのかもしれません。
あの時期に逃げずに踏ん張ったからこそ、仕事の本質が見えてきたし、人に対しても寛容になれた。そして何より、「自分はどんな環境でも、時間をかければなんとかやっていける」という、あの「謎の自信」に繋がったんだと思います。
一見すると無駄に見えた挫折も、物語全体を俯瞰してみれば、最高のハッピーエンドに向かうための「欠かせない伏線」だったんです。
結びに:今のあなたを、丸ごと抱きしめて
もし今、20代の頃の僕と同じように、仕事がうまくいかなくて凹んでいたり、誰かの心ない言葉に傷ついている人がいたら、伝えたい。
「今、あなたが必死に耐え、もがいている時間は、絶対に無駄になりません。それはいつか、あなただけの揺るぎない自信に変わります」
「でも、自分を壊してまで理不尽に耐える必要はありません。あなたはもっと、自分を大切に扱っていいんです」
僕はこれからも、過去の自分に恥じないように、そして未来の自分に「あの時、自分らしく生きてよかった」と言ってもらえるように、今日という日を丁寧に過ごしていこうと思います。
39歳、サイドFIRE2年目。
物語はまだまだ続きますが、今の僕は、あの頃の僕よりもずっと、自分のことが好きになれています。


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