家計全体を管理し、投資も順調に継続できている。サイドFIRE生活も2年目に入り、最近の僕は「お金の使い方」を少しずつアップデートしようとしていました。
家族の健康のために、少し高くても体にいい蜂蜜を選んだり、旬のフルーツを常に常備したり。
「家族が健やかに過ごせるものなら、財布の紐を緩めてもいいじゃないか」
そんな風に、質の高い生活への投資を意識的に増やしていたのです。
けれど、面白いもので、紐を緩めすぎると今度は「今日もまたお金を使ってしまったな」という小さなモヤモヤが顔を出すようになりました。そんな中で最近、僕が何よりの「幸せ」を感じているのは、実はその真逆の瞬間だったりします。
1. 「1円も使わなかった日」の静かなガッツポーズ
仕事(パート)の帰り道、どこにも寄らずに真っ直ぐ帰宅する。
冷蔵庫にあるもので工夫してお昼ご飯を作り、小腹が空いても買い食いせず、家にある材料で何とかまかなう。
そうして1日を終えるとき、「今日は1円も使わなかったぞ!」と心の中でガッツポーズを決める瞬間があります。
これは、単なるケチや節約ではありません。
「今の自分は、お金の力に頼らなくても、自分の知恵と工夫だけで一日を完璧に楽しませることができた」
という、生活を完全にコントロールできている知的な喜び、いわば「してやった感」に近いものです。
2. 15分の余白が淹れる、一杯のコーヒー
もう一つ、僕が至福を感じる瞬間があります。それは、自分で豆から挽いたコーヒーをゆっくりと飲む時間です。
ただし、これには条件があります。
朝のお弁当作りが予定より10分早く終わったとき。あるいは、いつもより15分だけ早く起きて、すべての工程がスムーズに片付いたとき。
自分で作り出した「時間の貯金」を切り崩して飲む一杯は、どんな高級カフェのコーヒーよりも格別です。
「あぁ、今、自分は豊かな時間を過ごしている」
という静かな優越感。それは、お金を払って買う「サービス」ではなく、自分の規律と努力で勝ち取った「自由」の味がするからです。
3. 「幸せの自給自足」という最強の生存戦略
お金を使えば、手軽に幸せは買えます。でも、その幸せはお金がなくなった瞬間に消えてしまう、脆いものでもあります。
一方で、工夫して料理を作ることや、早起きして静寂を楽しむこと。これらは、たとえ手元にお金がなくなっても、誰にも奪われることがありません。
「お金があってもなくても、自分を楽しませることができる」
このメンタリティこそが、変化の激しい時代において最強の武器になるのではないか。僕はそう考えています。
サイドFIREをして気づいたのは、本当の豊かさとは「いくら持っているか」ではなく、「どれだけ小さくて安いものに、大きな幸せを感じられるか」という感性の鋭さにある、ということです。
おわりに
「1円も使わなかったことに喜ぶなんて、庶民的だな」と自分でも笑ってしまいます。
でも、この庶民感覚こそが、今の僕を地面にしっかりと繋ぎ止めてくれる「錨(いかり)」のような気がしています。
贅沢を知りつつ、日常の工夫を愛でる。
そんな、お金に振り回されない感性を磨き続け、いつか子供たちにも伝えていけたら。
明日の朝も、もし15分早く起きられたなら。
僕は自分への最高のご褒美として、丁寧に、ゆっくりとコーヒーを淹れようと思います。

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