どうも!サイドFIREして主夫になり、人生という長い物語の「第二章」をのんびり執筆中のパパです。
突然ですけど、皆さんは自分の人生の「エンドロール」を想像したことってありますか?
映画が終わって、劇場が静かになって、暗くなった画面に自分の名前や、関わってくれた人たちの名前がゆっくり流れていく。その時、座席に深く腰掛けて「あぁ、面白い映画だったな」って、ポップコーンの最後の一粒を口に放り込みながら、心地よい余韻に浸れるかどうか。
最近、僕は思うんです。この「エンドロールの瞬間の納得感」こそが、僕たちがプレイしている「幸福ゲーム」の、本当の全クリア条件なんじゃないかなって。
1. 結末を急ぐのは、もうやめたんだ
サラリーマンとしてガリガリ働いていた頃の僕は、とにかく「映画の結末」ばかりを急いでいました。
「早く役職を上げたい」「早く目標金額まで資産を増やしたい」「早く次のステージに行かないと置いていかれる」。
今思えば、当時の僕は、人生という映画を「1.5倍速」とか「2倍速」で飛ばし見していたようなものだったんですよね。一番大事な、シーンごとの登場人物の心の動きとか、背景に映る綺麗な景色とか、そんなものを全部置き去りにして、「あーはいはい、次はどうなるの?」って結末(結果)という報酬だけを追いかけていた。
でも、サイドFIREという大きな区切りを経て、主夫という「自由な時間」の持ち主になった今、ようやく気づきました。
そんなに急いで結末に辿り着いて、一体どうするの?って。
映画の本当の楽しさは、結末を知ることじゃなくて、その結末に至るまでの紆余曲折を味わうことにあるはずです。僕はようやく、等倍速……いや、ときにはスロー再生で人生を味わう余裕を手に入れました。エンドロールが流れるのは、まだずっと先。だったら、今この瞬間のシーンを急いで終わらせる必要なんて、どこにもない。むしろ、もっとじっくりと、この「中だるみ」のような時間さえも楽しんでやろう、って決めたんです。
2. 今日という一頁を、どう「彩る」か
人生という物語の結末が「ハッピーエンド」になるかどうか。実はこれ、もう決まってるんですよね。
だって、最後に自分が「いやー、色々あったけど、面白かった!」って言いきっちゃえば、それが正解になっちゃうゲームですから。誰に採点されるわけでもない、僕が僕のために書いている物語なんだから、僕が「最高だった」と言えば、それはもう歴史に残る大傑作なんです。
だとしたら、今僕たちがやるべきなのは、今日という一頁をどれだけ丁寧に、色鮮やかに描くか、っていうことだけ。
たとえば、家族のために夕飯の準備をするとき。いつもはパパッと済ませちゃうけど、今日はちょっといい包丁の感触を楽しみながら、野菜を丁寧に切ってみる。それだけで、その「家事」という日常のシーンに彩りが生まれますよね。
あるいは、僕が今挑戦している整体の手技を練習しているとき。「早くプロにならなきゃ」と焦るのをやめて、指先から伝わる筋肉の絶妙な緩みを「へぇ、面白いなぁ」って観察してみる。
音楽を作っているときもそう。「バズる曲を作らなきゃ」なんて思わずに、たった一つの音色に一時間悩む贅沢を自分に許してあげる。
これらは、傍から見れば物語の進行を遅らせる「無駄な一行」かもしれません。でも、その一行一行に込められた「納得感」の積み重ねが、最後のエンドロールの重みを決めるんじゃないかなって思うんです。結果を急がず、プロセスの手触りを楽しむ。それが、この物語を最高にエモくする秘訣なんですよね。
3. 焦りという「ノイズ」は、ただのBGM
もちろん、物語の途中には「あ、今つまんないな」って思う日も、トラブルが起きて嫌になる日もあります。
SNSで、昔の同僚がまた新しい事業で成功したとか、すごい年収を手に入れたなんて話を見て、「あれ、僕はこのままでいいのかな?」ってザワつく夜もあります。友人たちと会った後に、自分の「稼いでいない」現状に凹むことも、そりゃあありますよ。人間だもの。
でも、そんな時は、自分を物語の主人公じゃなくて、「読者」の視点で眺めてみるんです。
「おっ、ここで主人公の『パパさん』が、世間体と自分軸の間で揺れ動いてるな。ここで葛藤があるからこそ、後の覚醒シーンが引き立つんだよなぁ。頑張れ主人公!」
そんなふうに自分を実況中継してみると、焦りや不安も「物語を盛り上げるためのBGM」に聞こえてきます。誰かと競う成功ゲームの土俵から降りたからこそ、僕は自分の人生を、一人のファンのような、どこか余裕のある視点で楽しめるようになりました。
三歩進んで、二歩下がる。いいじゃないですか、二歩下がった時にしか見えない景色が絶対にあるはずですから。
4. 妻と子、そして僕。この「シーン」を焼き付ける
今の僕にとって、一番大切に描きたいシーンは、やっぱり家族との時間です。
以前の僕は、仕事の疲れを家に持ち込んで、家族と一緒にいても心ここに在らず、みたいなことがよくありました。でも今は違います。
仕事で戦って、ヘトヘトになって帰ってくる妻。その背中を見て、「お疲れ様」って言いながら、学んでいる整体でじっくり彼女の疲れを解いてあげる。その時、言葉以上に通じ合う「労い」の時間は、何億円稼ぐよりも僕の心を豊かにしてくれます。
子どもたちとの時間もそう。以前なら見逃していた、学校でのちょっとした出来事や、新しい言葉の使い回し。そんな些細な変化を、特等席で見守れること。この「手に取るような距離感」こそが、僕がサイドFIREで手に入れたかった「最高の伏線回収」だったんだなって確信しています。
我が家という小さな、でも僕にとっての全てであるコミュニティを、穏やかで温かい空気で満たす。それが主夫である僕の今の「本業」であり、この物語の中で最も美しい章なんです。
結びに:丁寧に、ゆっくり、一頁をめくっていこう
僕たちの物語は、まだまだ続いていきます。
資産運用の卒業、サイドFIRE、主夫としての新しい日常、そして整体や音楽という「終わりのない学び」。
これらはすべて、エンドロールの背景で流れる「素敵な思い出のダイジェスト」のための仕込みです。
結果がどうなるか、プロになれるか、そんなことは後回しでいい。
「今日という一頁、僕は十分に味わい尽くしたぞ」
そう胸を張って本を閉じられる毎日を、僕はこれからも積み重ねていきたい。
成功ゲームを降りて、幸福ゲームにログインした僕たちは、もう「勝ち」が確定しているようなものです。あとは、どれだけ面白がれるか、それだけ。
皆さんの今日の物語には、どんな一行が刻まれましたか?
もし焦りや不安で頁を飛ばしたくなったら、一度深呼吸して、今ここにあるコーヒーの温かさや、大切な人の笑顔を思い出してみてください。
僕たちは、自分の人生という大作映画の、最高の監督であり、主役であり、そして誰よりも熱心な観客なのですから。
さぁ、明日はどんな一頁を書こうかな。
焦らず、フランクに、でも丁寧に。また一緒に歩んでいきましょう。

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